上部消化管(食道・胃)の治療について

胃癌

外科で行っている取り組み

抗癌剤を的確に用いて根治を目指します

当院を受診した時に根治手術が困難な病状であっても、オプジーボを含む多くの候補の中から最適な抗癌剤を選んで根治を目指した治療を行います1)
経過中に最適なタイミングで手術を組み込むこともあります。

1) 愛甲 聡, 吉住 豊, 杉浦芳章, 他.TS-1単独と他剤併用療法の継続により5年生存を得た腹膜播種陽性胃癌の1例. 癌と化学療法 2006;33:239-246.

腹腔鏡手術を第一選択にしています

従来の開腹手術と同等の手術を、腹腔鏡を用いて小さな傷で行っています。癌が過度に大きい場合や、他の臓器も巻き込んでいるような場合を除いて、安全で確実な手術が可能です。切除不能の癌で食べ物が通らなくなってしまった場合でも、化学療法の前に腹腔鏡を使った負担の少ない手術(バイパス手術)を行うことにより、まずは食べられるようにすることができます。

できるだけ胃を残す手術を選びます

胃癌の手術では、癌のステージに関係なく胃を2/3程度、または全部摘出する手術が一般的です。当科では、早期癌であれば癌のできた部位によって、幽門と呼ばれる胃の出口を温存した胃切除や、胃の上部である噴門側の胃切除といった、本来の胃の機能や容積をできるだけ温存する手術を積極的に行っています。 胃を温存することができるステージの癌で胃を温存した場合、大きく胃を取る手術よりも術後の生活の質が向上することがわかっています。

胃癌手術数の推移

消化管間質腫瘍(GIST)

胃癌は胃の粘膜にできますが、胃の粘膜の下の組織にできる腫瘍を、「胃粘膜下腫瘍」と呼びます。胃粘膜下腫瘍には、良性から悪性まで様々な種類の腫瘍が含まれます。消化管間質腫瘍(GIST:Gastrointestinal stromal tumor)もその一つで、再発の危険が極めて低いタイプから、高率に他臓器転移を来すタイプまで性質は多様ですが、手術による摘出が第一選択です。胃癌とは異なりリンパ節には転移しにくいために、リンパ節の切除のために胃の2/3を切ったり全摘したりする必要はなく、腫瘍の周りだけをくり抜く局所切除が行われます。

外科で行っている取り組み

腹腔鏡手術を第一選択にしています

GISTに対しては、腫瘍が過度に大きい場合や他の臓器も巻き込んいる場合を除いて、腹腔鏡を用いた切除術を行います。また、胃の切除範囲をできるだけ小さくし、手術中に腫瘍細胞を散布しないように、口から挿入する内視鏡と腹腔鏡手術を組み合わせたLECS(レックス)やCLEAN-NET(クリーンネット)といった最先端の手術を行っています。

CLEAN-NETの手術の例

根治を目指して手術と化学療法を組み合わせた治療をしています

当院を受診した時に、すでに進行していて根治切除不能の場合でも、手術の前や後に化学療法(イマチニブ)を受けていただくことで、根治が可能になる場合があります。

食道癌

食道癌手術の推移

外科で行っている取り組み

根治をめざした術前化学療法

食道癌はリンパの流れに沿ってリンパ節に転移をしやすく2)、難治性の癌の一つに数えられます。従って、転移の可能性の低い早期癌を除き、手術の前に化学療法(抗癌剤治療)や化学放射線療法を行って、広範囲に広がっている可能性のある癌細胞を死滅させてから手術をするのが一般的で3)、そうすることで再発の確率が抑えられることが証明されています。下の図に示すように、ステージ2以上ではまず化学療法を行い、これに約2ヶ月を要します。手術と合わせると約3ヶ月の長期戦になりますが、抗癌剤の進歩により年々治療成績が改善されていますので、是非このコースで治療を受けて下さい。当院を受診された時点では根治切除ができないステージIVの進行癌でも、化学療法や化学放射線療法、手術を組み合わせることで、根治を目指したあきらめない治療を行っています。

2) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Takamitsu Ishizuka, et. al. Reduction rate of lymph node metastasis as a significant prognostic factor in esophageal cancer patients treated with neoadjuvant chemoradiation therapy. Dis Esophagus 2007;20(2):94-101.
3) 愛甲聡, 吉住豊, 杉浦芳章, 松山智一, 石塚隆充, 津和野伸一,前原正明. 進行食道癌術前化学放射線療法後の手術適応に関する臨床的検討. 日消外会誌 2004;37:99-106.

根治をめざした術前化学療法

早期経腸栄養

食道癌手術は、消化器癌の中では患者さまへの負担が大きい手術になりますので、手術後の合併症を防ぎ、早く回復してもらうために様々な工夫をしてきました。点滴の栄養よりも腸に直接栄養を入れる、しかも手術の後すぐに開始する経腸栄養の方が体力の消耗が少なく4,5,6)、オメガ3系脂肪酸7,8,9)や、抗酸化劑10)が入ることにより術後の臓器障害や炎症反応の上昇が抑られることを報告してきました。手術後の栄養状態を良好に保つことは、合併症の予防という短期成績だけでなく、再発せずに長く生きられるという長期成績にも関与していることも明らかになってきました11)

4) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Yoshiaki Sugiura, et. al. Beneficial effects of immediate enteral nutrition after esophageal cancer surgery. Surg Today 2001;31:971-978.
5) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Tomokazu Matuyama, et. al. Influences of thoracic duct blockage on early enteral nutrition for patients who underwent esophageal cancer surgery. Jpn J Thoracic Cardiovasc Surg 2003;51(7):263-271.
6) 愛甲聡, 吉住豊, 松山智一, 他. 食道癌術後早期経腸栄養における投与量増加の影響について. 日消外会誌 2004;37:1363-1371.
7) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Shinichi Tsuwano, et. al. The Effects of Immediate Enteral Feeding with a Formula Containing High Levels of ω-3 Fatty Acids in Patients After Surgery for Esophageal Cancer. J Parenter Enteral Nutr 2005;29(3):141-147.
8) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Takamitsu Ishizuka, et. al. Enteral immuno-enhance diets with arginine are safe and beneficial for patients early after esophageal cancer surgery. Dis Esophagus 2008;21(7):.619 -627.
9) 愛甲 聡. 術後急性期における経腸栄養による生体反応の制御効果[ω-3系脂肪酸]. 小児外科 2008;40:896-902.
10) Aiko S, Kumano I, Yamanaka N, et. al. Effects of an immuno-enhanced diet containing antioxidants in esophageal cancer surger following neoadjuvant therapy. Dis Esophagus. 2012;25:137-45.
11) Satoshi Aiko. Perioperative Nutritional Management of Esophageal Cancer Surgery. Esophageal Squamous Cell Carcinoma /Springer 2020; 213-232

胸腔内吻合

食道癌の手術では、残った食道と、食道の代わりに持ち上げた胃をつなぎますが、このつなぎ目が漏れやすい(縫合不全を起こしやすい)ことが大きな課題です。また切除により、本来備わっている胃から食道への逆流防止機構が失われますので、術後に食物や消化液の逆流に悩まされることもこの手術の問題点です。我々は、こうした食道癌手術の特異的な合併症や後遺症を減らすために工夫を重ね、縫合不全の確率が極めて低く、逆流を起こしにくい方法で再建しています12-15)。最近では、腹腔だけでなく胸腔の操作にも内視鏡を用いることで、傷の小さい低侵襲の手術も取り入れています。

12) 愛甲聡, 吉住豊, 杉浦芳章, 小池啓司, 田中勧. 食道癌手術における胸腔内胃管再建法の適応についての検討. 日臨外会誌 1999;60:.2295-2299.
13) 愛甲聡, 吉住豊, 杉浦芳章, 小池啓司, 松山智一, 前原正明. 食道癌胸腔内胃管再建法における逆流防止のための工夫とその評価. 手術 2000;54:1891-1896.
14) Satoshi Aiko, Yutaka Yoshizumi, Hitoshi Ogawa, Takamitu Ishiduka, Takuya Horio, Norishige Kanai, Takefumi Nakayama. Surgical attempts to avoid anastomotic leaks and reduce reflux esophagitis following esophagectomy for cancer. Esophagus 2008;5(3):141 -148.
15) 愛甲 聡,熊野 勲,辻本宏紀,他. 特集 消化管再建法ー合併症ゼロへの工夫ーI. 食道切除再建法 2. 高位胸腔内食道胃管吻合(開胸). 手術 2010;64:1363-1370.

低侵襲手術

胸や腹部を大きく開ける手術と同じ手術を胸腔鏡・腹腔鏡を用いた小さな傷で行っています。癌が大きい場合や、他の臓器も巻き込んでいる場合は適切な大きさの創から安全に切除を行います。

術前シミュレーション

当院では画像解析ソフト(ZioStation)を用いて、術前にCT画像上で臓器血管解剖を詳細にシミュレーションすることで、より安全で確実な手術を実践することを心掛けています。重要な血管の走行を把握しておくことで、残すべき血管を確実に温存したり、損傷を回避したりすること出血量を減らすことができます。

術前シミュレーション

その他の食道疾患

食道粘膜下腫瘍

この疾患群では食道平滑筋腫という良性腫瘍が70%を占め、胃と同様GISTも発生し、これが25%を占めています。これらはリンパ節転移を来さないので、食道をできる限り温存し、胸腔鏡下の腫瘍核出術が標準治療となります。

食道裂孔ヘルニア

胃の内視鏡検査で、ヘルニアがあると言われた方は多いと思います。この場合のヘルニアは正確には食道裂孔ヘルニアと呼ばれます。胃液が食道に逆流しやすくなるので、食道炎の原因になります。まずは胃酸を抑える薬で治療し、よく効きますので大部分の方に手術は必要ありません。しかし、中には難治性となって食道に潰瘍ができたり、瘢痕のために狭窄する場合もあり、これに対しては腹腔鏡下で逆流を防止するための処置を施す手術が必要です。また、横隔膜にある食道裂孔が開大して、そこに胃がひっくり返ってはまり込んでしまう、Upside down stomachという病態を呈することがあります。食物の通過障害や胃の血流障害の原因となりますので、こうしたケースも腹腔鏡による修復術のよい適応となります。

食道アカラシア

食道アカラシアは、下部食道括約筋の弛緩不全と食道体部の蠕動運動の障害を認める原因不明の食道運動機能障害と定義される疾患で、頻度は約10万人に1人の稀な疾患です。多くは摂食時のつかえ感を訴えて受診されます。この疾患も腹腔鏡手術の適応であり、当科における手術成績も安定しています。

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